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連載記事

有識者よりコメントを頂きました。

2009年5月 お寺の役割

お寺ってなあに?

あなたにとってお寺ってどんなイメージですか。
「法事とお葬式をするところ」「歴史を感じ、なんとなく落ち着くところ」「ご先祖のお墓のあるとこ」などでしょうか。でもそれだけがお寺の役割ではありません。
お寺ってなんのためにあるんでしょうか。
とっても簡単に言えば「みんなを幸せにするためのところ」です。その方法が「仏さまの教え」つまり仏教です。

成仏=幸せ

仏教には色々な宗派がありますが、その最大公約数的目的は「成仏」です。
その解釈、それに至る方法等をお釈迦さま(紀元前5世紀頃、シャーキャ族の王子として、現在のネパールのルンビニ誕生した実在の人物)が種々説かれものをまとめたものがお経で、それが宗派の違いの元になっていますが、なんとなく解ったようで解らない言葉ですよね「成仏」って。それに死ななきゃなれないないようなイメージですよね。

 

上谷泰雅
動物供養協議会副理事長
日蓮宗蓮昭寺住職
上谷泰雅
神奈川県平塚市寺田縄1277
http://www.rensyoji.jp

そこで「成仏」を「幸せ」と言い換えてみてください。みんな幸せになりたい! これに異論のある人はあまりいないですよね。
そうです、当時お釈迦さまは、生きている人を相手に「幸せ」になる方法を教えていたんですから、死ななくても成仏=幸せにならなきゃウソです。
生きているうちに幸せ(成仏)になりましょう!ってことなんです。そうでなければ生まれてきた意味がないですよね。だって不幸になりたい人はいないし、みんな幸せになりたいのですから。
でも現実の世界(娑婆といいます=苦しみの世界)にはイヤなことばかりです。しかし「仏さま」から見るとこの現実の世界こそが「幸せ」の世界だ!というのですが、とてもそうとは思えませんよね。なぜでしょう。それは私たちの修行が足りないからで、だから日々お経を読んで、坐禅を組んで修行するのかしら?

仏教・仏道は習い事

仏教は別名を仏道ともいいます。日本の習い事・芸事には剣道、弓道、華道、茶道、書道などなど「道」があふれています。
お茶を飲むことが目的ならあんなヤヤコシイ手順を踏まずにお茶を飲めばいいのに、情報を伝えるための文字なら読めればいいのに、それぞれ「道」が付くと難しく、奥深く、緊張感が増します。
なぜでしょうか。それは○○道の○○を通して心を磨くことを目的にしているからで、仏道であれば、仏さまを通して心を磨くことを目的にしているのです。
そこで仏教を一つの習い事、心を磨く習い事と考えてみてください。
茶道に例えれば、まずお気に入りの流派(表千家、裏千家など)を選び、教室・師匠(先生)を選ぶことからスタートします。もちろん先生から選ぶこともあるでしょう。
仏教もこれと同じです。まずお気に入りの宗派を選び、お気に入りのお寺・お坊さんを選ぶ・・・。
お寺は仏教の学びの場=教室=道場です。お坊さんはその先生=師匠です。
憲法で信教の自由が保障されていますから「お気に入りの」宗教を選べます。
仏教、キリスト教、神教、イスラム教等なんでもOKです。だからこそ、お坊さん、神父さん、牧師さん、宮司さん等など、それぞれ、みなさんに選ばれるように常に宣伝(=布教)するのです。



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