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連載記事

有識者よりコメントを頂きました。

2010年3月 お寺の役割

私は平成20年9月に浄土宗願行寺の住職を拝命いたしました。住職歴2年のフレッシュマンです。それ以前は副住職として先代住職(父)につき従い、寺務に励んでいましたが、やはり住職と副住職とでは責任の重さが全く違うのですね。

願行寺560年の歴史を持つお寺でありまして、日々その重みを痛感しております。住職を拝命するに当たり、「これからのお寺の役割って?」と深く考えてもみましたが、2年が経った今でも明確な答えが見つかりません。日々「お寺はどうあるべきか?」と自問自答を繰り返す日々です。そんな中で先代がポツリと私に告げた言葉を思い出しました。「本堂を開けると、いつでも線香の香りが溢れているお寺にしたい・・」たくさんの方がいつでも気軽にお参りできるお寺にしたいという意味で言ったのだと思います。お参りに来られる方々は、何かしらの想いを持ってお参りされるのです。

先祖の事、家族の事、自分の将来の事・・。何かしらの「お願い」を込めて仏様にお参りされるのです。多くの方々がお参りしやすいように門戸を拡げる事こそが、住職の勤めなのだと最近は本堂を開けるたびに実感するようになりました。

倉橋了稔
動物供養協議会 寺院部会長
浄土宗願行寺住職
倉橋了稔
愛知県刈谷市半城土町乙本郷81
http://gangyouji.com

「21世紀は心の時代」と言われながらも、物質的な繁栄は目覚ましいほどの進歩を遂げておりますが、便利さを追求するあまり「思いやり」や「情」といった「心」に関する部分は、一向に取り残されているような感を拭えません。その暗く閉ざされた部分に光を照らすのが、仏様のお慈悲の光なのだと思います。今から10年ほど前は浄土宗総本山知恩院に奉職しておりました。主に教化活動を広めて行く部署に配属されていたのですが、「多くの方々とお念仏のご縁を」というコンセプトで、知恩院の三門内での「ミッドナイト念仏」というネーミングで、宗派を問わず誰もが参加できるイベントを開催した時のお話です。一夜を通して18時間お念仏をお称えし続けるといったイベントだったのですが、夜中の3時を過ぎた頃、二人組の若い女性がフラフラと受付に寄ってきたのです。

「お坊さんたち、何してんの?」と、声を掛けてきた彼女たちは、見るからにヤンチャな装いの未成年です。話を聞いてみると、つまらないからという理由で高校を中退し夜の仕事に就いているとのことでしたが、イベントの趣旨を説明すると、素直に三門内へ入っていくのでした。 10分ほどして受付に戻ってきた彼女たちに話を聞いてみると、「緊張した・・」とか、「久しぶりに真面目になった」と目を輝かせながら答えるのです。たとえ信仰心というような大それたもの持っていなくても、たとえ10分という短い時間ではあったにしても、仏様の前に座り見よう見まねでお参りをするだけでも、確実に仏様のお慈悲の光は私たちの心を照らしてくれるのだと、あらためて実感いたしました。「心の荒廃」が進み続ける今だからこそ、お寺が本来持っている厳かな空気、暖かく包まれるような心地よさを、多くの方々にアピールしていく事が我々の本来の役割なのだと思います。皆様もどうぞ、お近くのお寺にお参りして一度体験してみてください。


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